7-3 水牛狩り
CSS 21:3-16 梅毒の症状と梅毒トレポネーマ
pebbly (ford), a heavy dew, (thick) swamp 「(水に洗われて丸くなった)小石の」、「(丸い)露」、「沼、湿地帯」は、その形、状態から梅毒性丘疹(syphilitic papule)、湿潤な梅毒性粘膜疹、湿潤な扁平コンジローマなどを想起させます。(cf. CSS 163-180, Big Two-Hearted River Part Ⅰ+ Part Ⅱ, swamp(s) 18 回 )
angling, rolling 「曲がりくねって進む」、「うねっている」は、梅毒トレポネーマの運動を想起させます。
CSS 21:9-10 ヴァーベナ(verbena)のような香り(an odor)
押し潰されたシダの葉の香り(the odor)をかぐことができた(he could smell)
それはヴァーベナのような香り(an odor like verbena)だった
ウィルソンはこの早朝の露の匂い(early mornig smell of the dew)が好きだった
ウィルソンの鼻、嗅覚は正常です。嗅覚情報処理には大脳辺縁系(limbic system)が機能していますから(Broca, 1878)、大脳辺縁系が正常であることが分かります。この嗅覚(鼻)は、CSS 21:21 rhino(ceros) (ryino: nose + ceros: horned サイ)や CSS 22:25 wide-nostrilled muzzle (鼻孔の広がった口吻)や CSS 22:36 nose に連なっています。
一方、視覚情報処理には中脳背側の中脳蓋(四丘体板)上半分(上丘:superior colliculus)が機能しています(cf. midbrain, CSS 27-28)。
また、聴覚情報処理には中脳背側の中脳蓋(四丘体板)下半分(下丘:inferior colliculus)が機能していますが、ウィルソンの聴覚機能は正常であると思われます(cf. CSS 11:17-29 ライオンの咆哮 )。
ヴァーベナはクマツヅラ科クマツヅラ属(Verbena officinalis L)の植物です。ヘミングウェイの愛読書であると思われるプリニウスの『博物誌』には薬用植物として多数回言及されています。その種小名(officinalis )が示す通り「薬用」植物として広く利用されていました。
五十九 105 ヒエラ・ボタネ(ギリシャ語で「神聖な植物」の意、クマツヅラ)ほどローマ人の間
で名高い植物はない。これをアリステレオンと呼ぶ人もいるが、われわれローマ人はウェルベナカ
(verbenaca)と呼んでいる。これは使者が敵のもとにもたらすと私が述べた植物である(「植物薬剤
篇」Ⅲ・5参照)。
(ユピテルの祭日には)これでもってユピテルの食卓が掃かれ、家が掃除され、清められる。・・・
106 しかし、マギ僧はとりわけこの植物についてばかげたことをいっている。これを身体
に塗りつければ願い事がかない、熱病をおいはらい、友情を取り結び、あらゆる病気を癒すという。
(「植物薬剤篇」)
この短編では、ヴァーベナは、「熱病をおいはらい、友情を取り結び、あらゆる病気を癒す」神聖な植物として登場しました。
ウィルソンとマーゴットとの間の友情を取り結び(cf. A Budding Friendship)、梅毒を癒す薬(medicine to stop the syphilis)として登場したのです。
7-2 ぐっすり眠った深夜の出来事(その4 追加)
ウィルソンの内的独白(Interior Monologue)に以下の2つを追加させていただきます
CSS 21:25-26 それは(it)その哀れな野郎の自業自得( the poor sod’s own fault)なのだ。
「それ(it)」は、「妻の不貞」を指しますが、マカンバーの妻の不貞を指すばかりでなく、第二の意味として、ウィルソンの妻の不貞をも指しています。
そして、「その哀れな野郎」は、マカンバーを指しますが、第二の意味として、ウィルソン自身をも指しています。二人とも夫としての義務を長い間果たさなかったという誤り(own fault)のために妻の不貞を招くことになったのでした。
二人の妻は、オデュッセウス(Odysseus)の妻ペーネロペー(Penelope)のようには忍耐強く(patient)はありませんでした。
CSS 21: 40 マーゴットは邪気が無い(innocent)ように見えた
ウィルソンには、マーゴットは昨日より今朝のほうが邪気がないように見えました。
この innocent からは、イーディス・ウォートン(Edith Wharton, 1862 – 1937)の『無垢の時代』(The Age of Innocence, 1920)が想起されますが、その時代背景である1870年代に生きた人々も実は「無垢」であったわけではなく、無垢を「装っていた(pretending)」にすぎませんでした。
innocent の語源はラテン語で、 innocentem= in: not + nocentem: harm = harmless「害を与えない」です。したがって、第二の意味として、マーゴットは今朝のほうが「他人に害を与えない」ように見えた、と解釈できます。彼女は苦しんではいないように見えたし、他人に害をあたえそうにもないと見えたので、ウィルソンは彼女とはこれからかかわりを持たなくてもよい、彼女を放置してもよい、と考えたのです
(cf. CSS 15:33-37)。
なお、CSS 21:2 nuisance (=harm) は語源的に innocent と関係があります。
innocent が「harmless: (他の人に)害を与えない、無害である」という意味で用いられている例をチョーサーから引用します。『カンタベリー物語』「メリベウスの物語」
’He that hasteth hym to
bisily to wexe riche shal be noon innocent.’
(The Riverside Chaucer, The Tale of Melibee, Ⅶ 1582)
「あまり熱心に金持ちになろうとして急ぐ人は
他の人に対して決して無害ではいられない」
7-3 水牛狩り(つづき)
CSS 22:4-39 梅毒の症状と梅毒トレポネーマ
wart-hog, mud castles, hairless, scabby, sparsely haired hide, (the dust) rose (cf.CSS 21:44 a slight rise,)
いぼ、蟻塚、毛が無い、かさぶた、毛がまばらな、昇った(バラ)などは、梅毒の諸症状を表しています。
turned ウィルソンが突然振り返った(CSS 22:6)の turn は、梅毒トレポネーマ(Treponema: τρεπωνημα)の trepo(τρεπω) 「回る」です。(cf. turned, CSS 7:27, 16:32)
CSS 22:9-14 三頭の巨大な黒い動物(水牛)
3頭の巨大な黒い水牛は「そのずっしりとした長い胴体はほとんど円筒形で、黒い大型の給水車に似て
いた」(高見浩訳)。
tank (戦車)と言う語は、この tank car (給水車)に由来しますが、その形状が似ていなくもありません。(cf. CSS 429-436, The Butterfly and The Tank)
CSS 22:29-30 (Macomber ) shooting at the bull
CSS 22:34 (Macomber) shot at the leader (of the buffaloes )
マカンバーは水牛をねらって撃ちました。
射撃の名手マカンバーでさえも、また、ウィルソンも的を外す場合があります。
いわんやマーゴットにおいてをや。
(cf. CSS 22:35, 22:38,, 22-39 missed, CSS 28 Margot )
CSS 22:7 – CSS 23:45 車に乗って水牛の追跡をする(chasing)
3頭の水牛を見つけてから車で追跡、それは荒っぽい運転でした。
その荒っぽい車の運転(rough ride, CSS 23:27-28)は、マカンバーには高揚感(a drunken elation, CSS 23:9)を与え、ウィルソンには気晴らしになりました(sporting, CSS 23:38)が、マーゴットには恐ろしさを感じさせ(frightened, 23:29)、いじめになりました(gave her a rough ride)。
CSS 23:16 水牛が豚の目をして(in pig-eyed)
pig は swine と同様梅毒(syphilis: sus + philos)を想起させます。
CSS 23:26 マーゴットは顔面蒼白です(a very white-faced )。
マーゴットはストレートのウィスキーを一口飲んでぶるっと震えました(23:32 shuddered )。
そして、ひどい頭痛をお覚えました(CSS 23:34 felt a dreadful headache)。
激しい運動によりマーゴットは生まれて初めてという恐ろしさを感じました。と同時に梅毒の症状が増悪したものと思われます。気分が悪くなり顔面蒼白になりました。発熱しぶるっと身震いしました。ひどい頭痛もしてきました。
CSS 23:35 マーゴットの言い誤り
車の上から水牛を撃つことが許されているなんて私知らなかったわ、とマーゴットが言いました。
しかし、これはマーゴットの誤りです。ウィルソンたちは車上からは撃っていません。ウィルソンからその誤りを指摘され訂正はしますが、マーゴットの精神的混乱を示しているものと思われます。
CSS 23:44-45 孤立無援の水牛たち(helpless things)
そして、体調悪化に伴って、孤立無援(helpless)の自分を感じました。殺されるライオンに同情もしなかったマーゴットが、追跡される水牛の立場に自分の追い詰められている立場を重ね合わせたのです。
車に乗ってこの大きな孤立無援の水牛たち(big helpless things)を追跡するのは不公平(unfair)と思
うわ、とマーゴットは言うのでした。
ただし、マーゴットはここでは水牛を「大きな物」と称しています。それは「大きな、黒い給水車」(CSS 22:10-11)を思わせるものです。
(cf. CSS 5:6 I need something. ⇒ I need some help.)
(cf. CSS 26:25 helpless animals)
CSS 24:9-11 4文字男と5文字女が結婚したら、彼らの子供は何文字子供になるか?
ウィルソンの設問:4-letter man + 5-letter woman = x-letter children
解(x)は2つあります。
① 9 (piglets a) litter (一腹に9匹の子豚)
『マクベス』を参照。
Pour in sow’s blood, that hath eaten
Her nine farrow;(Macbeth, 4.1.64-65)
雌豚の血を注ぎ込め、
自分が生んだ九匹の子豚を食った雌豚の血を。
注(Riverside Shakespeare foot note)4.1.65 farrow = litter of piglets)
② ゼロ (no-letter children)
なぜなら、4+5=9 ⇒ nine ⇒ ドイツ語:nein = no であり、
しかも、four-letter man = homo (ホモ)
+ five-letter woman = bitch (雌犬)
= ホモと雌犬が結婚しても子供は生まれません。
ですから、子供はゼロ。 マカンバー夫妻の現状です。
CSS 24:15 中年の(middle-aged)銃持ち
中年の(middle-aged)銃持ちが近づいてきてウィルソンにスワヒリ語で呼びかけました。
中年の(middle-aged)ということはマカンバーの年齢、35歳(前後)をいうのではないでしょうか。1930年の35歳、アメリカ人(白人)男性の平均余命(life expectancy)は約35年ですから、約35歳が「中年(middle-aged)」になります。
『日はまた昇る』では、34歳のロバート・コーンが人生の半ばと言っています(cf. The Sun Also Rises, chapter 2, p.16 )。米国の統計(U.S. Department of Commerce, United States Life Table)によると、1924年の34歳、アメリカ人(白人)男性の平均余命は約34年でしたから、コーンの言っていることは統計データに基づくものであることがわかります。ここでも同様です。(cf. CSS 27:27-28 middle-aged, 27-28 midbrain)
CSS 24:18 ウィルソンの顔色が変わりました(change)
仕留めたと思っていた水牛が起き上がって茂みに入ったと聞いたのです。ウィルソンの顔色が変わりました。傷を負った水牛が茂みに隠れたとなると難物です。
しかし、変わったのは表面的な顔色であって、本質的な変化ではありません。人柄、生き方の変化(change)ではありません。
CSS 24:27-28 マカンバーは恐怖を感じなかった
マカンバーは生まれて初めて恐怖をまったく感じなかった。マカンバーは人間として質的に変化しました。
マーゴットは生まれて初めてという恐怖を感じました。彼女とは対照的です。
CSS 25:8-9 日かげに入りましょうよ、とマーゴット
日かげに入ることをマーゴットは繰り返し希望しています(cf. CSS 6:31-32, CSS 24:40 )。バラ色の肌が日に焼けてさらに濃いばら色になることを恐れています。顔色は白く、病気のようです(she looked ill)。
CSS 25:16 これが追跡(chase)というものなのだ
狩猟における醍醐味の一つは、獲物を追跡すること(chase)にもあります。『アフリカの緑の丘』第4部の題名は、「幸福としての追跡(Pursuit as Happiness)」です(Green Hills of Africa, Part Ⅳ)。獲物を仕留めることだけが狩猟ではありません。また、「幸福の追求(Pursuit for Happiness)」なんて馬鹿げたことです。
狩りは男の楽しみです。
ウェーバーの『魔弾の射手』第3幕第6場「狩人の合唱( Chor der Jager)」より
この世で狩の楽しみに匹敵するものはなにか?
生命の盃は豊かにだれに沸き立つのか?
角笛の響くときに緑野に伏し、
藪や池を抜けて鹿を追うことは、
豪奢な喜びであり、男の欲望であり、
四肢を強め、食事をうまくする。(武川寛海訳、音楽之友社、昭和45年)
CSS 25:18 それが憎い
マーゴットはそれ(it)が憎い、と言っています。追跡中の車の運転の荒っぽさが怖かったので、その荒っぽい運転が大嫌い、と言っています。
と同時に、車の激しい振動が引き金になって病気(梅毒)が増悪、気分も悪化したものと思われます。
it は「梅毒」を指しています。「私は梅毒が憎い」。(cf. A Farewell To Arms, chapter, 41, p.330, I hate it.)
CSS 25:34-35 ある時期、シェイクスピアのその句をよく唱えていた
Used to quote it to myself at one time (it = フランシス・フィーブルの台詞)
Used to は、過去の「ある時期」での習慣的行動を表します。現時点での行動ではありません。
では、「ある時期(at one time)」とはいつのことでしょうか。それは、ウィルソンが梅毒罹患の事実を知ったとき、その衝撃から回復できずにいた時期、すなわち、11年前です。
CSS 25:35-37 フランシス・フィーブルの台詞
『ヘンリー四世 第二部』第3幕第2場に登場するフランシス・フィーブルの台詞から引用します。
3・2・234 By my troth I care not; a man can die but
235 once, we owe God a death. ( I’ll ne’er bear a base mind
236 And’t be my dest’ny, so; and’t be not, so. No man’s too
237 good to serve’s prince,) and let it go which way it will,
238 he that dies this year is quit for the next.
上記の台詞のうち( )内はウィルソンの引用からは除かれています。除かれた部分を以下に和訳します。
3・2・235 (卑しい心は決して持たないつもりだ、
236 そして、死が私の運命であるならば、それもよし。そうでないならば、それもよし。
237 王のためにささげるのに貴重すぎる命はどんな男も持っていないのだ。)
引用から除かれた理由は、ウィルソンには当てはまらない部分だからです。
① ウィルソンは、お金のためなら人妻ともベッドを共にするという卑しい心(base mind)を持っています。生き延びるために現実的な基準(standards)に従っています。
② ウィルソンは、運命(destiny)に身を任せきってはいません。運命に立ち向かって闘う高貴な心(noble mind)をも持っています。
③ ウィルソンは国王に命をささげる(serve his prince)立場にありません。除隊しています。梅毒罹患により除隊させられた、とも考えられます。
上記のように、ウィルソンはダブル・スタンダードの人間です。
CSS 26:12 ウィルソンに変化はありませんでした(no change in Wilson)
顔色の変化は以前にありましたが(cf. CSS 24:18)。
CSS 26:14 マカンバーには変化がありました(change in Francis Macomber)
CSS 26:20 行動することの幸福感(a feeling of happiness about action)
マカンバーは行動することによって得られる幸福感を初めて実感することができました。それは狩によって得られる幸福感と同じです(cf. CSS 25:16 狩の楽しみ)。
「初めにことばありき(Im Anfang war das Wort!)」ではなく「初めに行動ありき(Im Anfang war die Tat!)」です(ゲーテ『ファウスト 第一部』書斎)。
CSS 26:24 あなたたち二人はくだらないことを話してるわね、とマーゴット
talking rot 「くだらないことを話す」は、CSS 20:8, 20:9 につづいてこれが3回目です。
rot は、ここでも「くだらないこと」を意味しますが、第二の意味として「消耗性疾患、梅毒」があります。
この短編では、マカンバー、ウィルソン、マーゴットの三人の発話の中に rot が登場しますが、梅毒(’the rot)にかかっているのはウィルソンとマーゴットの二人です。この短編の結末時点で同病の二人の間に友情(friendship)が芽生えます。すなわち、sy (ship) + philos (friend) = syphilis (friendship) となります。
CSS 26:25 孤立無援の動物たち(helpless animals)
マーゴットが口にする helpless の2回目です。1回目は、CSS 23:44-45 big helpless things でした。「大きな物(big things)」と称していました。2回目のここでは「物」ではなく「動物」になっています。「孤立無援の人間」、「孤立無援のマーゴット(helpless Margot)」に彼女の意識が近づいています。
CSS 26:26-27 マーゴットはもうそれ(it)について心配している、とウィルソンは思った
それ(it)はシェイクスピア作品においても解釈が難しい人称代名詞です。
ヘミングウェイにおいても同様です。
そこで、梅毒の視点(Syphilitic Perspective)から解釈をせざるを得ません。
それ(it)は梅毒(the rot, syphilis)を指しています。
CSS 26:31-32 マーゴットは何か(something)をとても恐れていた
この「何か(something)」も「それ(it)」と同じ梅毒を指しています。
CSS 27:3 スプリングフィールド銃(Springfield)
マカンバーが愛用する銃は Springfield です。spring (発条:ばね)はその形状と運動から梅毒トレポネーマが想起されます。(cf. CSS 12:35 Springfield)
CSS 27:8-9 脳(brain)をねらって弾を撃ってもはじかれてしまう
水牛の脳(頭)は、角の生えている根元の堅い隆起部に覆われており、どんな弾もはじかれてしまう、とウィルソンはマカンバーに教えました。
しかし、人間の脳(brain)を覆う頭蓋骨はマンリッヒャー(Mannlicher)銃の弾には耐えられません(cf. CSS 27:43-28:8)。(cf. CSS 28:20 his brain)
CSS 27:19 葉群( foliage)
葉群(foliage)のギリシャ語は「ヘーテー( χαιτη: chaete, chaeta)」です。スピロヘーテーのヘーテー(髪の毛)です。
CSS 27:34 カニのように横っ飛びに速足で(sideways, fast as a crab)
crab はラテン語でcancer 、フランス語で chanchre です。chanchre (シャンカー)は硬性下疳、すなわち、梅毒です。
CSS 27:35-36 水牛の豚のような小さな両目
小さな両目(little pig eyes)は、アーガイル・ロバートソン瞳孔による縮瞳(瞳孔の著明な縮小=flat eyes)状態の目を想起させます。
また、豚(pig)は swine, sow とともに梅毒を想起させます。
CSS 27:43-44 白く(white)熱い、目を見えなくさせる(blinding)閃光が頭の中で炸裂した
white, blinding という語から、弾丸が視覚性反射に機能する中脳背側の中脳蓋上半分(上丘=superior colliculus:一対の半球状の隆起)の一方(片側)に命中した、と推測できます。
つづいて、CSS 28:6 を参照ください。
「目を見えなくさせる(blinding)」に対応するのが「耳を聞こえなくさせる(deafening)」(CSS 23:5)です。そして、その聴覚の中間中枢をなしているのは、中脳蓋下半分(下丘= inferior colliculus: 一対の半球状の隆起)です。
CSS 28:1-2 マカンバーはしっかり立っていました(had stood solid)
マカンバーは逃げ出すことなく、しっかり立って、水牛の鼻をねらって銃を発射していました。
CSS 28:4 マカンバー夫人は水牛をねらって発射しました(shot at the buffalo)
しかし、弾丸はマカンバーに命中してしまいました(CSS 28:5, hit her husband )。
『魔弾の射手』(Der Freischutz, 1821, ベルリンにて初演)では、青年狩人マックス(Max)は命じられたとおり、木の枝の上の白鳩をねらって銃を発射しました。しかし、魔弾(Freikugel, magic bullet)はライバルである狩人カスパール(Kaspar)に命中しました。魔弾が、急いで木からおりてくるカスパールに命中したのです。
Hier dieser ist getroffen,
Der rot vom Blute liegt!
ここのこの男が撃たれた、
かれは赤く血にそまって倒れている。(武川寛海 訳)
狩人マックスはカスパールを偶然とはいえ殺してしまったことは事実で、その罪は免れません。しかし、隠者にとりなしてもらって罪を軽減してもらうことができました。
マーゴットは罪を免れません。しかし、情状酌量の余地はあります。悪意ある殺人(murderous, cf. CSS 15:9)ではありませんから、熱心な「とりなし役」さえいれば、審問(the inquest)はマーゴットに温情あるものとなりましょう。
CSS 28:6 頭蓋骨の基底から上方へ約2インチ、わずかに片側にそれたところに命中した
hit her husband about two inches up and a little to one side of the base of his skull.
ヘミングウェイは芸が細かいです。
まず、弾丸の命中箇所は、頭蓋骨の基底から上方へ約2インチ(約5.08cm)、すなわち、中脳(midbrain)がある位置です。しかも、中脳蓋背側の上半分の片一方、すなわち一対の半球状隆起である上丘(superior colliculus)の片側を示しています(a little to one side)。
中脳蓋背側の病変がアーガイル・ロバートソン瞳孔の原因であり、そこにマーゴットの弾丸が命中したのです。ただし、マカンバーの中脳蓋背側には病変はありません。病変があるのはウィルソンの中脳蓋背側です。
脳(brain)という語は、 CSS 27:9 (any sort of a brain shot)と、CSS 28:20 (his brain) の二か所に出てきます。その二語の中間(middle)に上記 CSS 28:6 の中脳(midbrain)が位置しています。
CSS 28:7-8 マカンバーの死:第一の物語の終わり
マカンバーはうつむきに倒れていた。水牛から2ヤードも離れてはいなかった。妻がひざまずき彼にお
おいかぶさっていた。彼女の横にはウィルソン。
マカンバーはまさに生を始めようとしていた瞬間に死にました。(カーロス・ベーカー)
第一の物語はマカンバーの死で終わります。
その6(8 第二の物語:マカンバー死後 CSS 28:9 以下)につづく