7-1 ライオン狩り(つづき)
CSS 8:44-46 マーゴットはお馬鹿さんではありません(not stupid)
彼女の顔は非常に完全な卵型で、あまりにも完全であったので彼女はお馬鹿さんだと思ってしまう。し
かし、お馬鹿さんではない、いやいや、お馬鹿さんどころではない、とウィルソンは思った。
なぜなら、マーゴットはウィルソンの「非常に赤い顔」が梅毒罹患のためではないかと、うすうす気づいた模様ですから。マーゴットはお馬鹿さんではない、これがウィルソンのマーゴットに対する評価です。
マーゴットのウィルソンに対する評価につてはCSS 20:34 nice を参照ください。
CSS 9:40 イランド(eland)を食す
昼食が供せられました(CSS 9:33)。メイン・ディッシュはイランドのステーキです。イランドとはウシ科の動物(CSS 9:41 big cowy things)で、体長は2.1~3.5m、体重は300~1000kgです。狩の標的は雄の大型のものでしょうから、襲われた場合は危険です。しかし、見事に仕留めたのです。マカンバーは自身の狩猟の腕前に自信を持ったことでしょう。
ウシ科ですから、そのステーキはおいしいでしょう、妻に「もっと食べなさい (Have some more eland )」(CSS 10:16)と勧めています。
イランドの角はらせん状にねじれています。梅毒トレポネーマの形状に似ています。「もっと梅毒トレポネーマに感染しなさい」と勧めた、とも解釈できます。
マーゴットはお馬鹿さんではありませんので、夫のことばの水面下の第二の意味をくみ取って、深夜ウィルソンのテントに向かいます。ウィルソンからさらに多くの梅毒トレポネーマを感染させてもらうためでしょう。(cf. 7-2 ぐっすり眠った夜の出来事 を参照ください)
CSS 10:7 今晩シャンパンを飲みましょう、とウィルソン
おいしいイランドのステーキを食して、ウィルソンも多少気分がよくなりました。昼は暑すぎるので夜にシャンパンを飲みましょう(have champagne)と上機嫌です。
その夜、食後にハイボール(whisky and soda)を飲みます(CSS 10:45)。食前に飲んだシャンパンと同様ウィスキーのソーダ割りも「泡立ち(発泡)」します。内部から泡(bubbles、炭酸ガス CO₂=分子量44)が湧き上がってきます。それは体の内部から湧き上がってくる「吹き出物(boils)」に似ています。しかし、水の沸騰(boil =水蒸気=H₂O=分子量18)とは異なります.。しかし、見かけは似ています。双方とも梅毒性丘疹(syphilitic papules)を想起させます。
CSS 10:10 マーゴットの夫いじめ
マーゴットは、ライオンの件を話題にのせて、夫の痛い所をちくりちくりと突き刺していじめています(giving him a ride)。
ウィルソンとフランシスによるマーゴットいじめは、車による水牛追跡などによってなされます。(cf. CSS 23:27-28 a rough ride など)
CSS 10:23 まるで彼女がイングランドにいるかのように
ライオン狩りをした日の午後遅く、ウィルソンとマカンバーは狩りに出かけました。マカンバー夫人は後に残りました。
二人を乗せた車がキャンプ地を離れて行くとき、大きな木の下にマカンバー夫人の立っているのがウィ
ルソンに見えました。彼女は薄いバラ色を帯びたカーキ色(faintly rosy khaki)の服を着ていて、美し
い(beautiful)というよりはむしろ可愛らしく(pretty)見えました。黒い髪の毛は額から後ろへ引っ
張られて首の下部で束ねられていました。顔はいきいきとしていて、まるで彼女がイングランドにいる
かのように(as though she were in England)ウィルソンには思われました。(CSS 10:20 – 10:23)
夢のような情景です。「樹下美人図」のようでもあり、万葉集に歌われた「をとめ」のようでもあります。ヘミングウェイは万葉集を読んでいたのでしょうか?
春の苑 くれなゐにほふ 桃の花 した照る道に 出で立つをとめ (大伴家持 巻十九 4139)
ウィルソンがイングランドにいた時の若かりし妻の姿が眼前によみがえった、ということでしょう。
仮定法過去です。マーゴットがイングランドにいるわけではありません。
as though については、CSS 6:6, 11:25など を参照ください。
in England については、CSS 28:36 を参照ください。
「バラ色を帯びたカーキ色の服(を着て)」(CSS 10:21)は、「バラ色のシャツ(rose-colored)」と同様、両の肩や体幹に現れたバラ疹を人に知られないようにするするためです。
首の後ろの下部で束ねられている黒髪は、うなじから肩にかけて発現しているバラ疹を隠しています。
ウィルソンの奥さんもバラ色、あるいは、桃色の衣類を身に着けていたのでしょう。ですから、大きな木の下に奥さんを見たのです。奥さんの幻影(dream)をみたのです( cf. CSS 10:31 in dreams)。
CSS 10:24 マーゴットは手を振りました(waved)
車が走り去るときに彼女はウィルソンたちに手を振りました
wave, waved, wavy movement: 「波」、「手を振る」、「波動(波の運動)」は、すべて梅毒トレポネーマの運動を表現するときに使う語句です。
同類の語に、shake (CSS 5:21), trembling (CSS 12:44), shuddered (CSS 23:32) があります。
なお、trembling は、ギャッツビーがニックの前に初めて姿を現したときの体の動きです(The Great Gatsby, 第一章結末の部分。cf. CSS 15:22)。
CSS 10:26 マカンバーはインパラ(impala)を仕留めた
その午後遅くなってからの狩りで、マカンバーはインパラの年を取った雄(ram)1頭を仕留めました。
インパラは体長1.1~1.5m、体重40~65kg。イランド(eland)と比較するとずいぶん小型です。その小さい標的を、優に200ヤードはある距離から仕留めました。その調子でやればなんら問題はない、とウィルソンは保証しました。
CSS 11:8 ここからフラッシュバック(flash back)です。時がライオン狩りの朝に戻ります。
ライオン狩りの朝、いや、実はその前夜から「ライオン狩り」は始まっていたのです。マカンバーは、夜ライオンの咆哮に目を覚ましました。その咆哮に「ぬぐいがたく、冷たい、ぬるぬるした、中空の恐怖(indelibly, cold hollow fear, cold slimy fear, emptiness)」を感じ、気分が悪くなって(felt sick)、眠ることさえできなくなってしまいました。It was still there with him now. (CSS 11:7)
CSS 11:11-12 he was afraid
CSS 11:13 he was afraid
CSS 11:13 be afraid with him
そして、早朝、太陽が昇る前、朝食中にライオンの咆哮が再び聞こえました(CSS 11:16-18)。
CSS 11:41 ウィルソンはマカンバーをすばやく見た(looked … quickly)
CSS 5:29 では、マカンバー夫人がウィルソンを「すばやく見ました(looked … quickly)」。
こんどはウィルソンが、マカンバーの声の奇妙さ(strangeness)にはっとしてすばやく彼を見ました。
ただし、その声の奇妙さは、CSS 5:29 の場合と異なります。マーゴットがマカンバーに尋ねました。
CSS 12:7 どうかしたの?フランシス。
CSS 12:8 どうもしてないよ
CSS 12:9 どうかしているわ、何にそんなにびくついているの(upset)?
(cf. CSS 7:11 Women upset)
マカンバーは、ライオンの咆哮に怖気づいてしまったのです。その恐怖心から声が震えていたのです。
CSS 13:10-11 曲がりくねって進んだ(wound)
彼らは大きな木々の中に入り、その中をくねくね曲がりながら進んだ
wound (wind) は、大工道具のねじきり(gimlet)同様、梅毒トレポネーマの運動と類似しています。
angling (CSS 21:4)も同様です。
CSS 13:17 ライオンの黒いたてがみ
たてがみが黒い(dark)のは、そのライオンが年をとっている証拠です。
たてがみ(mane)のギリシャ語はヘーテー(chaete: χαιτη)です。スピロヘーテー(Spirochaete)のヘーテーです。
イランド(eland) にも、短い「たてがみ(ヘーテー)」があります。(CSS 9:40)
CSS 15:9 murderous 殺人罪を犯すようなものだ
「勢子(beaters)をやって、傷を負って藪に潜むライオンを駆り出せないのか?」と問うマカンバー
に対して、ウィルソンが答えます。
「それは殺人罪を犯す(murderous)ようなものだ」と。
勢子がライオンに襲われ、殺される恐れがある。殺される恐れがあることを人にさせることは、殺人を犯すようなものだ、ということです。殺人罪は犯してはなりません。
murder(ous) はこの短編中ここ1回だけです。kill は、多数回出てきます。動詞のほかに名詞(「獲物」)としても用いられています。
狩猟は kill であって、murder (悪意をもって殺す)であってはなりません。
『オセロー』には、murder (-ous, -ed, -s, -er) は22回出てきます。
kill (-s, -ing, -ed) は29回出てきます。
『オセロー』でも kill より、murder (murther) という語のほうに注目すべきでしょう。オセローは「名誉ある殺人者」と呼ばれることを望んでいます(Othello, 5.2.294 An honorable murderer, if you will:)。
CSS 15:22 マカンバーは震えていた(trembling)
trembling が印象的に登場するのは『グレート・ギャツビー』の第一章結末部分です。
I could have sworn he was trembling.
ギャツビーは震えていました。(The Great Gatsby, chapter 1)
ギャツビーの体、指、手中のマッチは各1回、計3回震えています。なぜ?
ギャツビーのお父さんの手と指が各1回、計2回震えています。
その他5回、合計10回 trembling しています。なぜ?
『ヘンリー四世 第二部』で、震えるのは(trembling)恐怖(fear)のためです。
therefore rouse no fear and trembling (The Second Part of Henry the Fourth, 4.3.14)
この短編のこの場面では、臆病者のマカンバーが恐怖のために震えています。しかし、水面下の意味は、梅毒トレポネーマの運動です。マカンバー自身は梅毒にかかっているわけではありませんが。
CSS 15:24 ウィルソンへの対価が高額である理由
「それが(That)私に対する対価が高額である(expensive)理由です」とウィルソン。
それ(That)とは?
① 狩猟ガイドは命の危険をおかすので。
② 男一人が生きて行くために必要な経費をまかなうだけであれば、そんなに高額な報酬は必要ありません。しかし、サルバルサンによる治療には高額な費用がかかります。医者に万全な準備、細心な注意、迅速な処置、そして注射後の適切なケアを要求する治療法です。薬剤だけの費用ではすみません。その治療費に充当する稼ぎが必要です。
CSS 21:32 を参照ください。
CSS 15:32 弾丸が命中していなかったとでも?
マカンバー:なぜライオンを放置しておかないんだ?
ウィルソン:あんたはライオンに弾が当たっていないとでも思おうとしているのか?
マカンバー:いや、ただ捨てるだけ。
ウィルソン:そういうことはしないものだ。
マカンバー:なぜだ?
CSS 15:36-37 傷を負ったライオンを放置してはいけない理由
① ひとつには、ライオンが苦しんでいることが確かだからだ。
② もうひとつは、誰かほかの人がライオンに出くわし襲われるからだ。
ライオンが苦しんでいるのを知りながら放置してはいけません。苦しみをいたずらに長引かせるからです。
傷を負ったライオンは、通りがかった人に襲い掛かる。傷を負わせた人が責任をもって始末しなければなりません。
CSS 15:39 あんたはあのライオンと何らかかわりを持たなくてもよい
But you don’t have to have anything to do with it.
しかし、(嫌なら)あのライオンとは何らかかわりを持たなくてもよい。
とウィルソンはマカンバーに言います。
マカンバーは気がすすまないままライオンの潜む場所に向かいます。
「あの女とかかわりを持つ」(to do with the woman )については CSS 21:22-23 を参照ください。
CSS 16:9 マーゴットに我慢するように(be patient)と伝える
じゃあ、私がちょっと戻って、奥さんに我慢して待っているように伝えてきましょう。
be patient (我慢してくれ)は、ここでは、われわれについて行きたい気持ちを抑えて、残ってくれ、という意味です。
しかし、マーゴットは梅毒にかかっている、という私たちの読みからすると、奥さんは「(梅毒)患者です(be a patient)」という意味にも解釈できます。
シェイクスピア作品中の patient
『終わりよければすべてよし』では、「我慢強い」という意味と「患者(病人)」という意味とで、それぞれ2回づつ使われています。
『ヘンリー四世 第2部』では、フォルスタッフ(Falstaff)の1つの台詞中に、「我慢強い」という意味と、「患者・病人」という意味で各1回使われています。
1.2.126 I am as poor as Job, my lord, but not so
127 patient. Your lordship may minister the portion of im-
128 prisonment to me in respect of poverty, but how I
129 should be your patient to follow your prescriptions
(The Second Part of Henry the Fourth)
127行目が「我慢強い」という意味、
129行目が「患者」という意味。
『お気に召すまま』には、「我慢強く」とも「「患者として」ともとれる patiently があります。
2.7.61 Jaques: If they will patiently receive my medicine. (As You Like It)
(大修館 シェイクスピア 柴田稔彦 編注 p.111 による)
『ハムレット』にも、両義の patient の使用例があります。
King: How long hath she been thus?
Ophelia: I hope all will be well. We must be patient, … (Hamlet, 4.5.67-68)
王: オフィーリアはいつからこのようになったのだ?
オフィーリア:① 私たちみんなが健康になるといいと思います。
私たちは、我慢しなければいけないわ。
② 私たちみんなが健康になるといいと思います。
私たちは病人であるにちがいありません。
CSS 16:24 水筒の栓(せん)をねじって開けた(unscrewed the top)
unscrew 「ねじって開ける」は、screw 「ねじって閉める」「ねじ」と同様に、梅毒トレポネーマの形状と運動に類似しています。
ここでは、top は「栓」です。CSS 19:30 Topping では別の二重の意味に使われています。
CSS 16:25 毛羽立つ(hairy)、フェルト(felt)
フェルト(felt)は、羊やラクダなどの動物の毛を圧縮してシート状にした繊維製品です。双方ともSpirochaete という語の第二構成要素です(chaete = hair)。
felt は feel 「手で触れる、手でさぐる」(CSS 12:44)、「感じる」(CSS 24:28)の過去形、過去分詞形でもあります。
CSS 16:36 「ハエ(flies)」は病原菌媒介生物です。
ツエツエバエ類(tsetse flies)によって媒介されるトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病など)はアフリカでは特に大きな問題になっています。
蚊(mosquito, CSS 18:41)や(マ)ダニ(ticks, CSS 28:20)も病原菌媒介動物です。
CSS 16:37 ライオンの大きな黄色い目(big yellow eyes)
「黄色」はサルバルサンを想起させます。
「黄色(yellow)」と明示的に表現されています。アカシアの木(acacia trees)の場合、花が黄色であることは水面下に隠されていました。
同様に、当該作品解読上最も重要な語ですが、水面下に隠されている語「黄色(yellow)」があります。「贈り物のカナリア(A Canary for One, CSS 258-261)」のカナリア(a canary)です。カナリアは「黄色(カナリア色)」ですが、黄色とは作品中で記述されていません。
その4(7-2 CSS 17:43-44 以下)につづく