『ヴェニスのムーア人、オセローの悲劇』
The Tragedy of Othello, the Moor of Venice

使用テクスト:Open Source Shakespeare, Othello, 2003 – 2025, GEORGE MASON UNIVERSITY
注:このテクストからの引用は、3.4, 2257 (第3幕 第4場、2257行目)のように略記します。

目次

1 はじめに:梅毒という視点(Syphilitic Perspective)から読み解く
2 ドラマの時と所
3 ドラマの構成と構造とテーマ
4 題名
5 主要登場人物
6  第1幕 第1場 ヴェニスの路上 ロダリーゴとイアーゴー登場
   第1幕 第2場 サジタリー館前の路上 オセロー、イアーゴー、従者たち登場
   第1幕 第3場 ヴェニス 公爵の会議室 公爵、元老院議員たち、役人たち登場
7  第2幕 第1場 サイプラス島の港 モンターノーと二人の紳士登場
   第2幕 第2場 サイプラス島の路上 オセローの使者が布告を持って登場
   第2幕 第3場 サイプラス島の要塞 オセロー、キャシオー、デズデモーナ登場
8  第3幕 第1場 要塞 オセローの宿舎の前 キャシオーと楽師たち登場
   第3幕 第2場 要塞の一室 オセロー、イアーゴー、紳士たち登場
   第3幕 第3場 要塞の中庭 デズデモーナ、キャシオー、エミリア登場
   第3幕 第4場 要塞の前 デズデモーナ、エミリア、道化登場
9  第4幕 第1場 要塞の前 オセローとイアーゴー登場
   第4幕 第2場 要塞の一室 オセローとエミリア登場
   第4幕 第3場 要塞の別の部屋 オセロー、ロドヴィーコー、デズデモーナ、エミリアたち登場
10 第5幕 第1場 サイプラス島の路上 イアーゴーとロダリーゴー登場
   第5幕 第2場 寝室 デズデモーナがベッドで寝ている、 オセローが灯火を持って登場
11 終わりに:「遺伝梅毒」のまとめ

主要参考・引用文献

1 はじめに:梅毒という視点(Syphilitic Perspective)から読み解く

   A page is always flat, and we need perspective to make it convey the illusion of life in the round.
    (Levin, Harry, III p.152)
   どのページもつねに平板であり、その作品に人生の幻像をくっきりと伝達せしめるためには、
   われわれはある展望を必要とする。(ハリー・レヴィン、土岐恒二訳 III p.452 上段)

シェイクスピアの劇作品中には、ヘミングウェイのいわゆる「氷山理論(theory of ice-berg)」に類似の手法で書かれたものがあります。そのうちのひとつが『オセロー』です。
『オセロー』の謎を解くためには「梅毒という視点(Syphilitic Perspective)」が必要です。
(氷山理論については、当ブログ、2024-11-23公開 「はじめに」を参照ください)

   『オセロー』は「完璧で、形の整った、簡明な劇である。脇筋はなく、形而上的な問題も含まれてい
   ない。」(M.C. ブラッドブルク、岩崎宗治・稲生幹雄 訳 p.287)
という解釈があります。しかし、私の解釈は異なります。簡明な劇ではありません。脇筋があり、形而上的な問題も含まれています。

   「隠れた意味をとことん追求し、謎の核心を暴き、そうして謎を征服し所有しないと気のすまない病
   理学的な強迫観念。だが、じっさいには謎の核心などありはしない ーー 『オセロー』には、じつ
   のところ謎などはまったくない ーー 」(テリー・イーグルトン,、大橋洋一訳 pp.156,167)。
私の解釈はこのイーグルトンの解釈とは異なります。じつは、謎の多い劇です。テーマを二つ持ち、主筋(main plot)と副筋(sub plot)を持ち、上下二層構造の、複雑な劇です。

上下二層構造のうち上層部分は水面上に現れていますから、現れている部分をそのままたどれば誰にでも理解でき、楽しめます。謎がないかのようにも読めます。
この上層部分は、第一のテーマを扱っており、第一の物語、主筋です。「性格の悲劇」(A.C.ブラッドリー、鷲山第三郎訳 p.184)、「嫉妬の悲劇」、「裏切られた信頼の悲劇」、「家庭劇」、「父権制社会の悲劇」などと解釈されてきた部分です。

しかし、『オセロー』には、明示されていない、水面下に隠された、第二のテーマを扱った第二の物語、第一の物語より重要な氷山の本体とも言うべき物語があります。その第二の物語は「ハンカチの悲劇(The Tragedy of Handkerchief)」と呼ばれるのがふさわしい物語です。


   So much ado, so much stress, so much passion and repetition about an Handkerchief! Why was not
   this call’d the Tragedy of the Handkerchief? ( Rymer,Thomas , A Short View of Tragedy, 1693, p.139)
   たった一枚のハンカチーフをめぐって、これほどの騒ぎ、これほどの緊張、これほどの熱情とその繰
   り返しが見られるとは!これが、「ハンカチーフの悲劇」と呼ばれなかったのが不思議なくらいであ
   る」(川地美子編訳 『古典的シェイクスピア論叢』トマス・ライマー『オセロー』について p.17)

『オセローの悲劇』は「ハンカチの悲劇」と呼ばれるのがふさわしい劇です。「ハンカチ」は「梅毒」を意味しています。「ハンカチの悲劇」は「梅毒の悲劇」です。
梅毒という視点(Syphilitic Perspective)」を持つことによってこの劇の謎を解くことができます。

また、ライマーはこの『オセロー』には種本がある、と次のように述べています。
   This Fable is drawn from a Novel, compos’d in Italian by Giraldi Cinthio, who also was a Writer of
   Tragedies.
    …
   Shakespeare alters it from the Original in several particulars, but always, unfortunately, for the worse.
   (Rymer, Thomas, p.87)
   この寓話は、同じく悲劇作者であるジラルディ・シンシオがイタリア語で書いた物語(ノヴェル)を
   典拠とするものである。
   ・・・
   シェイクスピアは、いくつかの点で原作を変更しているが、不運のことに、いつも原作よりいっそう
   悪くしている。(ライマー、川地美子編訳、p.16)

シェイクスピアはいくつかの点で原作を変更しているが、いつも原作より悪くしている、とライマーは主張しています。しかし、私はそうは思いません。シェイクスピアが変更した点こそがシェイクスピアをシェイクスピアたらしめているのであって、謎の多い、一層味わい深い作品にしています。

その重要な変更点のひとつが「ハンカチ」です。
原作の「ムーア風の凝った刺繍がしてあるハンカチ」(松岡和子『「もの」で読む 入門シェイクスピア』p. 194)(a handkerchief embroidered most delicately in the Moorish fashion, Arden Third Series, OTHELLO, Revised Edition, p.386)」を
「いちごの斑点模様のハンカチ(a handkerchief spotted with strawberries, 3.3, 2118-9)」に変更しています。

また、シェイクスピアは、ハンカチを人から人へと移動させています。
このことは、梅毒を人から人へと伝染させることを意味しています。父から母へ、母から子へと伝染させます。母の胎内で子に伝染する梅毒はcongenital syphilis 先天性梅毒(hereditary syphilis 遺伝梅毒)と呼ばれます。
オセローは先天性梅毒(遺伝梅毒)にかかっています。

『オセロー』の大枠は種本の筋(plot)と同じですが、シェイクスピアは種々の変更を施しています。この変更箇所にこそシェイクスピアの「たくらみ(plots)」があります。
この「たくらみ(plots)」を読み解くことが本稿の目的です。

なお、Measure for Measure, performed at Court on 26 December, 1604 (『尺には尺を』)の主な材源もジラルディ・シンシオ(Geraldi Cinthio)の『百物語』(Hecatommithi, 1565 Decade 8, Tale 5)です(Bullough, Geoffrey II p.401)。(cf. Othello 2.1, 1100 wife for wife)
12月26日は「聖ステファノの日」です。

「ハンカチ」は、napkin として3回(初出3.3, 1952)、handkerchiefとして28回(初出3.3, 1974)、合計31回出てきます(ト書きを除く)。この頻度の高さがこの語の重要性を示しています。
napkin 、handkerchief と異なる語を用いている点にも注目しなければなりません。
(河合祥一郎訳『新訳 オセロー』角川文庫 p.107 脚注、石井美樹子訳 『シェイクスピア四大悲劇』河出書房新社 p.185 参照)

handkerchief (handkerchiefe) という語は、第一 二折版(First Folio, F1, 1623)で用いられている語です。第一 四折版(First Quarto, Q1, 1622)ではhandkercher という語が用いられていました。
一方、3回出てくるnapkin という語はF1, Q1の相当箇所でnapkin が用いられています。handkerchief に代えられていません。napkin という語はhandkerchief という語に代えることができないからです。それは、意味の違いがあるからです。(cf. 2.3, 1201, 1202 canakin )

この劇の上演記録として最も古いのは、1604年11月1日のものです(『シェイクスピア ハンドブック』 p.410)が、「味も素気もない残虐な笑劇」(ライマー、川地美子編訳 p.18)’a Bloody Farce, without salt or savour’ ( Rymer, p.146)ではなく、11月1日、すなわち、「諸聖人の祝日(All Saints’ Day, All Hallows’ Day)」に上演されるのにふさわしい傑作です。(cf. Saints 2.1, 898, Saint Peter 4.2, 2845, hallowed 3.4, 2257)

そして、11月1日「諸聖人の祝日(All Saints’ Day)」の翌日は11月2日「諸魂の祝日(All Souls’ Day)」です。(cf. my perfect soul, 1.2, 236, my soul, 3.3, 1728)

本稿の目的は、この劇が「諸魂の祝日(すべての死者のための記念日)」の前日、「諸聖人の祝日」に上演されるのがふさわしい、形而上的な問題も含まれている劇であることを明かにすることです。

2 ドラマの時と所

時:16世紀(1536年~1570年:ニコシアの陥落)
       1493年(コロンブスのスペインへの帰帆)
          +1年(オセロー誕生)
         +42歳(オセローの推定年齢)(42=6x7)
      =1536年
所:ヴェニス共和国とサイプラス島(キプロス島)
  (サイプラス島:サイプラス島の港町ファマグスタがモデルとされる)

イタリアの「盛期ルネサンス」といわれる時代です。
イタリア絵画史上では「ヴェネチア派」(代表的画家:ティツィアーノ Tiziano Vecellio c.1490 – 1576)が活躍した時代です。

大航海時代です。国際貿易の時代です。ポルトガル、スペイン、ヴェニス共和国が活躍した時代です。
コロンブス(Cristoforo Colombo, 1451 ジェノヴァ~1506スペイン・バリャドリッド)
アメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucci, 1454 フィレンツェ共和国~1512)
ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama, c.1460 ポルトガル王国~1524 インド、コーチン)
マゼラン(Ferdinand Magellan, 1480 ポルトガル王国~1521)
などが活躍した時代です。

疫病(ペスト=英語:plague、ドイツ語:Pest、イタリアゴ・フランス語:peste)が流行した時代です。
ペスト(黒死病:black death disease)はいわば「水面上」に現れている急性の病気です。
腺ペストはヒトペストの典型例で、ノミ類の咬症により所属リンパ節が鶏卵大に腫脹し疼痛のあるブボbuboを形成する(『南山堂 医学大辞典』第20版)。


梅毒(new disease「新しい病」)が流行した時代です。
コロンブス一行が1493年3月15日にスペインのパロス港に帰帆しました。
乗組員一行が持ち帰った梅毒(ハイチー島病、スペイン病、ポルトガル病)は、瞬く間にナポリ王国(ナポリ病)、フランス(フランス病)、ドイツ・ケルン(聖ヤコブ病)など西洋各地に広がりました。
梅毒はいわば「水面下」に隠されている慢性の病気です。

日本には、ポルトガル人による鉄砲の伝来(1543年)より前、1512年(永正九年)に伝わりました(唐瘡、琉球瘡)。(土肥慶蔵 『世界黴毒史』 p.71)。

イギリスのヘンリー八世(在位1509 – 1547)やエリザベス一世(在位1558 – 1603)の時代とも重なります。「同時代(contemparary)」を扱った劇といえます。
この時代のイギリスでも梅毒が猖獗をきわめました(野島秀勝訳『リア王』補注二、岩波文庫 pp.192,193)。

日本では、豊臣秀吉(1537 – 1598)や徳川家康(1543 – 1616)の時代です。
秀吉は、朝鮮に出兵しました:文禄の役(1592~93)、慶長の役(1597~98)。
家康は、1611年スペイン王フェリペ三世(在位1598 -1621)から、1612年にはイングランド王ジェイムズ一世(在位1603 – 1625)から親書を受け取りました。

ヴェニス共和国は、最盛期を過ぎたとはいえ、東地中海では強大な商船力・海軍力で他のキリスト教国(ジェノヴァ共和国など)をしのいでいました。依然として豊かで活気に満ち、世界各地の人々との交流も盛んでした。

一方、東方のオスマン帝国(Ottomans)は地中海を西へ進出してきていました。
1489年以来ヴェニス共和国の支配下にあったサイプラス島において、首都のニコシア(Nicosia)が1570年7月にオスマン・トルコ軍によって包囲攻撃され、陥落しました。
また、強固な要塞で守られていた島の東部の港町ファマグスタ(Famagusta)が1570年9月から包囲攻撃を受け1571年7月に陥落しました。ファマグスタは「シルクロード」商人が行き交う重要な港町でした。(cf.3.4, 2257 シルク silk)

3 ドラマの構成と構造とテーマ

ヴェニスでの前半部とサイプラス島での後半部の二部構成です。
上層部(水面上にそれとはっきり見える部分)と下層部(はっきりとは見えない部分)の二層構造です。
テーマは二つあります。上層部・第一の物語のテーマは「嫉妬(の悲劇)」。下層部・第二の物語のテーマは「梅毒(の悲劇)」です。

4 題名

A.C. ブラッドリーは、『オセロー』は『ハムレット』の次に書かれたことに事実上疑いがなく、文体(style)、語法(diction)、作詩法(vercification)に相似点(similarities)があり、また、主題(subjects)にもある種の類似点(a certain resemblance)がある、と述べています(A.C. Bradley, p.167)。

題名 The Tragedy of Othello, the Moor of Venice『ヴェニスのムーア人、オセローの悲劇』は、形式の点で The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark 『デンマークの王子、ハムレットの悲劇』と相似(similar)しています。主題にもある種の類似点(a certain resemblance)があると推測されます。 

「ヴェニス」を題名に含む劇には他に『ヴェニスの商人(The Merchant of Venice)』があります。
アントーニオ(Antonio)はヴェニスの商人(国際貿易商人)であり、バッサーニオー(Bassanio)はヴェニスの学者で、軍人です。

イアーゴーは学者というより軍人です。オセローはヴェニス共和国に仕える軍人です。
それぞれの作品には、東地中海における貿易大国として繁栄したヴェニス、軍事大国としての強国ヴェニスが反映されています。諸国人士が訪れました。

実際にヴェニスを訪れてみないとその素晴らしさは分かりません。
ホロファニーズ(Holofernes『恋の骨折り損』に登場する学校教師)がイタリアのことわざを紹介しています。
   Venetia, Venetia,
   Chi non ti vede non ti pretia.
   英訳:Venice, Venice,
      he that does not see thee
      does not esteem thee. (The RSC Shakespeare 2nd. ed. p. 326 Love’s Labour’s Lost, 4.2.70-71)
      ヴェニスよ、ヴェニスよ、
      汝(なれ)をたたえざるは汝を見ざるもののみ(小田島雄志訳 白水Uブックス p.81)
      

Venice (ヴェニス)は当時「性的自由さと売春で有名であった(famous for its sexual freedom and prostitution, The RSC Shakespeare 2nd. ed. p.257 Much Ado About Nothing 1.1.164 脚注)」。


Moor (ムーア人)はmoor (荒地、ヒースで覆われた土地)を想起させます。
ハムレットは、早々と再婚した母ガートルードに向かって次のように言います。
   3.4,2456  Here is your husband, like a mildew’d ear
       2457 Blasting his wholesome brother. Have you eyes?
       2458 Could you on this fair mountain leave to feed,
       2459 And batten on this moor? Have you eyes?
            これがあなたの現在の夫です、うどん粉病が
            麦の穂を枯死させるように、健康な兄を殺したのです。目をお持ちですか。
            この美しい山で草を食むのをやめ、
            この荒地で草をむさぼるのですか。目をお持ちですか。
moor は、うどん粉病がはびこる荒地を想起させます。          

アントーニオとハムレットとオセローの間には、相似点(similarities)、類似点(a certain resemblance)があります。

『オセローの悲劇』は「ハンカチの悲劇」であり「梅毒の悲劇」です。
オセローと梅毒を結び付けるのが「ハンカチ(napkin, handkerchief)」です。
第二の物語の主題を解く鍵はハンカチです。ハンカチにはイチゴの斑点模様の刺繍が施されています。
「イチゴ(strawberries)」の謎を解くためには梅毒の視点が必要です。

5 登場人物

オセロー(Othello)
   種本(チンチオCinthioのノヴェラnovella)では名無しの「ムーア人(Moor)」ですが、シェイクス
   ピアはムーア人に「オセロー(Othello)」という名前を付けました。

   『タイタス・アンドロニカス』にも[アーロン(Aaron)」という名前のムーア人(黒い肌の人)が登場
   しますが、「オセロー(Othello)」とは名前の点では関係がないようです。
   オセローの年齢は42歳と推定(cf. E.A.J. Honigmann, The Arden Shakespeare Othello, 1997, p.3)。

   アーロンは、オセローとは異なり、ゴート族の女王タモーラ(Tamora)との間に子供をもうけます。
   その子供は黒い肌をした男児です。(Titus Andronicus 4.2, 1755 – 1760)子が親の形質を受け継ぐとい
   う点では、オセローが母親から梅毒を受け継いでいる(遺伝梅毒)という解釈の正しさを支持してい
   ます。
   
   オセローは「オスマントルコ軍(Ottoman, Osman)を打ち破った男」という意味の添え名
   (surname)でしょうか(cf. 『コリオレイナス』 4.5, 2833 )。

   Othelloのアナグラム(anagram):oto- + hell=「耳」+「地獄」=耳から注がれた毒(1.3, 752, 760,
   to abuse Othello’s ear, Hell: )を意味しているのでしょうか。
   『ハムレット』 3,2,2021, poison, ears)が想起されます。

   「病気にかかる(suffer from)」という意味のギリシャ語 οτλεω(オトレオー)に由来するのでしょ
   うか。

   あるいは、Othello は、Odilo (Odilo, abbot of Cluny, c.962 – 1048 クリュニーの大修道院長オディ
   ロ)に由来するのかもしれません。オディロは11月1日の「諸聖人の祝日(All Saints’ Day)」の翌
   日、11月2日を「死者の記念日・万霊節(All Souls’ Day)」と定めました。それは、敬神の心を持
   っていたが罪を犯した人たちの霊を煉獄の苦悩から守る記念日です。 (cf. Britannica)  

デズデモーナ(Desdemona)
   種本(Cinthioのノヴェラ)ではディズデモーナ(Disdemona)です。
   デズデモーナ(Desdemona)は、Death de mona (death of ma donna = death of my lady)「わ
   が妻の死」を意味するのでしょうか。

   「星回りの悪い(ill-starred)」を意味するギリシャ語 δυσδαιμον(デュスダイモン)に由来する
   のでしょうか(cf. A.C. Bradley, p.173 )。

   「ヴェネツィア生まれの女は一般に豊満な身体つきをしていて、髪の毛も、赤茶けた金髪が多い」
   (塩野七生『レパントの海戦』p.22)そうです。デズデモーナはそのようであったでしょう。
   ティツイアーノの『フローラ』(1515年ころ、ウフィツイ美術館)が想起されます。

   デズデモーナはジュリエット(14歳弱)やオフィーリアより年上で、『ヴェニスの商
   人』のポーシャと同年輩であり、知識もポーシャ同様に豊富で、世情にも通じています。
   デズデモーナの年齢は21歳と推定しました(21=3x7← Cinthio’s Hecatommithi 3rd. Decade,
   Story 7、及びイアーゴーの年齢 28(歳)=4x7 Othello 1.3, 669 – 670 を参考にしました)。
   (cf. 松岡和子訳 『オセロー』ちくま文庫 p.249 – 訳者あとがき)

イアーゴー(Iago)
   Iagoはスペイン語の名前です。スペインでオセローと行動を共にしたことを示すものでしょう。
   
   Iagoは、英語ではJacob(ジェイコブ、ヤコブ)。旧約聖書の「創世記」に登場するJacob(ヤコブ)
   は、双子の兄Esau(エサウ)の長子特権を奪い(25章)、Esauに与えられるべき祝福をだまし取り
   ました(27章)。イアーゴーの狡知が連想されます。
   
   イアーゴーは弟ヤコブJacob、オセローは兄エサウEsau、すなわち、イアーゴーとオセローは双子の
   兄弟の役割を演じます。二人は嫉妬の相似形(similar)を演じます。

ロダリーゴ(Roderigo)
   CinthioにはRoderigoに相当する人物は登場しませんが、シェイクスピアでは、Iagoにだまされる第
   一番目の人物として登場します。
   二番目にだまされる人物として登場するのがオセローです。
   オセローとロダリーゴは、だまされる男の相似形(similar)です。

エミリア (Emilia)
   エミリアは、ヴェネチアの南西方向に位置するエミリア(Emilia)地方の出身でしょう。
   夫を愛する妻です。その美貌はエミリア地方で評判だったと想像されます。ですから、夫のイアーゴ
   ーは常に他の男に寝取られるのではないかと猜疑心に駆られています。
   エミリアとデズデモーナは嫉妬に狂った夫に殺されます。
   二人は夫に殺される妻の相似形(similar)です。 

マイケル・キャシオー(Michael Cassio)
   劇中で、「キャシオー」、「マイケル・キャシオー」、「マイケル」と3通りの呼ばれ方をします。 
   注目すべきは、マイケル(Michael ミカエル)という名前です。

   Michael はヘブライ語起源の名前です。
   ミ(Mi = who)、カ(cha = like)、エル(el = God)⇒「だれが神のような人物ですか (Who is like
    God?)」(『研究社 新英和大辞典』第六版)

   キャシオーは「マイケル・キャシオーの身に何が起ろうとも、ずっと奥様の忠実なしもべです」とデ
   ズデモーナに誓っています(cf. 3.3, 1633 – 1635)。キャシオーはデズデモーナを「神のような人物
   (The divine Desdemona, 2.1, 849)」と言っています。何故でしょうか?(cf. 5.2, 3452 Nobody; I
   myself.)

   ヘミングウェイの『日はまた昇る』には、マイク・キャンペル(Mike Campbell)という大酒のみ
   (drunkard)が登場します。Mike はMichael の愛称です。「だれが神のような人物ですか」とヘミング
   ウェイは読者に問いかけています。

ビアンカ(Bianca)
   彼女は、ビアンカという名前から想像すると色白の美人です。 キャシオーの情婦ということです
   が、実質的には「妻(1.1,21 a fair wife)」です。
   算術が得意のようですから(3.4,2371 – 2374)、「偉大な算術家(1.1,19 – 20 a great arithmetician)」
   であるキャシオーに付き従ってきたフローレンス人でしょう(1.1,19,20 a Florentine)。

道化(Clown)
   「道化役は貧弱で、吾々は滅多に注意をむけず、すぐ忘れてしまう;読者の大部分はOthelloに道化役
   が居るかと問われたら、おそらく否と答えることと自分は信じている」(A.C. ブラッドリー、鷲山第
   三郎訳 p.182)

   道化はオセローの従者で、第3幕第1場と第3幕第4場に登場します。謎を解く手がかりを与えてく
   れます。注意を向けなければなりません、忘れてはなりません。
   『ヴェニスの商人』の道化(召使いランスロット・ゴボー)や『ハムレット』第5幕第1場の道化
   (墓堀り)やヨリック(Yorick: the King’s jester)にも注意を向けなければなりません。

その2(6 第1幕 第1場 以下)につづく

投稿者

Tamura Yukitaka

ひとつひとつ楽しみながら謎解きを進めてゆきたいと思います。 恵泉女学園大学にて藤野早苗名誉教授の「アメリカ文学購読」を受講しました。 フラヌールの会(主宰:Totani 氏)元会員、 日本ヘミングウェイ協会 会員(男)。

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