8 第二の物語:友情の芽生え(A Budding Friendship)
通常ならタイトル・ヒーローのマカンバーが死ねば物語は終わります。しかし、終わっていません。なぜなら、第二の主人公が活躍する第二の物語が始まるからです。シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では、シーザーの死後ブルータスの物語が始まります。同様に、マカンバーの死後マーガレットとウィルソンの物語が始まります。
カーロス・ベーカーの読み
ベーカーはマカンバー死後について、次のように記しています。
He (=Wilson) is … the judge who presides, after the murder, over the further fortunes of Margot
Macomber. (Baker, Artist, pp. 189-190)
マカンバーが謀殺された後、ウィルソンはマーゴットのその後の運命を左右する裁判官の役割を果たし
ます。
ベーカーが記しているように、ウィルソンはマーゴットの運命を左右する重要な役割を果たすでしょう。しかし、裁判官の役割ではありません。裁判官は無責任な傍観者の立場に立つ人です。ウィルソンは実際的な人物であり、行動の人です。
また、ベーカーはこの「事故」を「謀殺(murder):犯意をもった計画的殺人行為」と記しています。適切な言葉ではありません。
ヴァージル・ハットン(Hutton, Virgil)の読み
ハットンは次のように悲観的な結論をくだしています。
Despite the wife’s exposure of the hypocrite, the force of evil is presented as so great that the duped
husband can escape ruin in Moliere’s comic world only through the intervention of an omniscient,
omnipotent king. In Hemingway’s tragic world, however, no such all powerfull figure exist to insure the
downfall of evil and to rescue Francis and Margaret Macomber. (Hutton, p.250)
妻が偽善者に言い寄られはしましたが、また、悪の力が非常に強くはありましたが、モリエールの喜劇
の世界では、全知、全能の王の介入があったおかげで、お馬鹿さんの亭主は破滅を避けることができま
した。しかしながら、ヘミングウェイの悲劇の世界では、悪を地獄に落とし、フランシスやマーガレッ
トを救うそのような全能の力を持った人物は存在しません。
ハットンの記すように、マーガレットを救う人物は存在しないのでしょうか。救う人が現れてほしいものです。
8-1 ウィルソンによる事故処理
まず、ウィルソンは、事故発生直後の状態に現場を保つように努めます。
CSS 28:9 「仰向けにしないでください(not turn over)」とウィルソンは指示します。
うつぶせに倒れたときのままにしておかなければなりません。遺体を動かしてはいけません。
CSS 28:11 「私は車に戻る、あんたの撃ったマンリッヒャー銃(rifle)はどこにあるんだ?」とマーゴットに尋ねます。その銃はウィルソンの管理下に置きます。マーゴットが早まったことをしないようにするためです。
オセローには、妻殺害後、もう一つ隠し持っていた武器、「スペインの名刀、雪解けの冷たい流れで鍛えた剣」(Othello, 5.2.252-253, 新潮文庫、福田恒存 訳)がありましたので、キャシオーが危惧していた通りの事態となってしまいました。
CSS 28: 14 マカンバーが使っていたスプリングフィールド銃(rifle)は動かさずに落ちていたところにそのまま置いておけ、と銃持ちに指示します。
次に、ウィルソンはナイロビでの事故にかかわる審問(the inquest)に備えます。
CSS 28:14-15 アブドゥラ(Abdulla)を連れてきてくれ。この事故の状況について目撃証人になってもらう。
CSS 28:16 ハンカチ(handkerchief)
ウィルソンはかがみこんでポケットからハンカチを取り出し、マカンバーの毛を短く刈り込んだ頭を覆
います。
ハンカチの語源は「頭を覆うもの(布)」ですから、時宜を得ています。
handkerchief = hand + kerchief = hand + couvre (OF: cover) + chef (OF: head)
そのハンカチの下には(under the handkerchief)頭、中脳、中脳蓋背側、すなわちアーガイル・ロバートソン瞳孔の病巣(focus)が隠されています。
ハンカチは、短編「ぼくの親父」では汗を拭くのに(My Old Man, CSS 153:17)、そして、涙をふくのに(CSS 160:28)使われます。
『日はまた昇る』では、闘牛士ロメロ(RomeRo)の見事な技を称賛して観客やThe President がハンカチを振ります(The Sun Also Rises, Chapter ⅩⅧ、p.224 )。
以上のようなハンカチの使われかたはしばしば見受けられ、特に注目すべきことではありません。
しかし、「インデアン・キャンプ」(Indian Camp, CSS 68)や『日はまた昇る』(The Sun Also Rises, Chapter ⅩⅦ, p. 203:1)では、帝王切開用器具や切り取られた牛の耳を包むのに使われています。
注目に値することです。
『オセロー』では、ハンカチ(とナプキン)は重要な役目を負わされています。上記の「インデアン・キャンプ」や『日はまた昇る』(The Sun Also Rises, ⅩⅦ, p.203:1)や、また、この『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』における役割からすると、牛の耳を包むハンカチも、オセローのハンカチも医学に関係があると推測できます。
CSS 28:17 blood 血
マカンバーの頭の傷口から流れ出た血はスカスカになった乾いた大地に沈みこみました。
この短編ではライオンの血、水牛の血、そして人間の血がアフリカの大地に流れ、沈みこみます。
『イリアス』ではトロイヤ軍、ギリシャ軍の兵士の血が大地に流れます。
ρεε δ’ αιματι γαια (大地に血が流れた)(第8歌65行)
『ヒッポクラテース』「流行病 Ⅰ」では多くの患者の鼻から血が流れ出たことが報告されています。
εκ ρινων λαβρον ερρυη (鼻から大量の血が流れた)(ΕΠΙΔΗΜΙΩΝ, Α XIX 23)
なお、この ερρυη 「血が流れた」は非人称動詞です(主語無し構文です Liddell Scott Jones, 1968,
ρεω, 9)
ヒッポクラテースは次のように述べています。
さて、人間の身体はその中に血液、粘液、黄および黒の胆汁をもっている。これらが人間の身体の自然
性であり、これらによって病苦も病みもし健康を得もする(小川政恭訳、岩波文庫『人間の自然性につ
いて』第四節)。
チョーサーでは、王族の血(blood roial)であろうと容赦なく湧きたちます。
恋の炎は、彼に流れる王族の血など
容赦せずに --- ああ、やれやれ、これは何てことだ ---
美徳や秀でた勇敢さも、少しも惜しく思わず、
彼を苦悩に沈む身分の低い奴隷の身と思わせて、
いつもさまざまな方法で身を焦がし、
そのために彼は一日六十回も顔色を失ったのである。
(『トロイルスとクリセイデ』435-441 笹本長敬 訳)
『オセロー』(初演:1604年11月1日)でも、王族(royal siege, 1.2.22)の血(blood)を引くオセローの血(blood)が激情(blood)となって噴出します。
Othello: O blood, blood, blood! (Othello, 3.3.451)
オセロー:ああ、血、血、血だ!
血液は人体内で循環する、心臓から出て心臓に戻る、とは西洋では考えられていませんでしたが、1628年、ハーヴェイ(William Harvey, 1578 – 1657)によって「血液循環説」が発表されました。(『動物における心臓と血液の運動に関する解剖学的論究』Exercitatio Anatomica de Motu Cordis et Sanguinis in Animalibus, 1628)
これはガレノス(Galenus, 129頃 – 210 頃)の生理学理論を根底から覆すものであった(南山堂 医学大辞典 第20版)。
その血液(αιμα: blood)は、ヘミングウェイでは、「インディアン・キャンプ」(Indian Camp, 1925 )のインディアンの夫から流れ出し(CSS 69:28 The blood had flowed down)、『日はまた昇る』(The Sun Also Rises, 1926,)のマイクや闘牛士の血、『武器よさらば』(A Farewell To Arms, 1929,)のキャサリンの血、『河を渡って樹木の中へ』(Across The River And Into The Trees, 1950)の大佐の心臓を経て、『老人と海』(The Old Man And The Sea, 1952, )の老人やマカジキやサメの血になってメキシコ湾流に流れます(The Old Man And The Sea, p.120, he was inside the current now)。
「血、血みどろの、血が出る(blood, bloody, bleed)」の出現回数比較
blood bloody bleed 計
『オセロー』 14回 9回 3回 26回
『マカンバー』 9回 7回 0 16回
『マカンバー』では、ライオンの血(blood) (5回)
水牛の血(blood) (3回)
マカンバーの血(blood)(1回)(ライオン、水牛の後、短編最後に流れる血)
また、マカンバーの血(The blood)は、「bloody 四文字男」、「bloody 臆病者」、 「bloody 過ち」、 「bloody 恐怖」 の後に登場します。
人類の祖の血が流れ出たアフリカの大地にマカンバー「救い主の息子(Macomber ←Gaelic Name: MacComaidh, meaning “son of the helper”, 2024 Name Discoveries)」の血が沈みこみます。
大物釣り(fishing)の記録は多数持っていたマカンバーでしたが(CSS 6:24-25)、陸上の大型危険獣狩りの経験は今回が初めてです。
ΙΧθΥΣ (イクチュス)はギリシャ語で、「魚(fish)」です。
Ι:ΙΗθΥΣ (イエースス)
χ:ΧΡΙΣΤΟΣ (クリストス)
θ:θΕΟΥ (テウー)
Υ:ΥΙΟΣ (ヒュイオス)
Σ:ΣΩΤΗΡ (ソーテール)「救い主」
「イエス・クリストは神の子救い主」の頭字語(Acronym)です。
マカンバーは「魚=救い主」であったとも解釈できます。
マカンバーは死ぬことによって妻を救います。汚れた血に侵された妻を救い出します。
CSS 28:20 ticks ダニ
ウィルソンは見ました、毛がまばらな水牛の腹にダニ(ticks)が這っているのを。
ダニは、ハエ(flies, CSS 16:36)、蚊(mosquito, CSS 11:1)などと共に感染症媒介生物です。
ウィルソンは自身の、そして、マーゴットの性感染症(梅毒)が思い出されて不快な気持ちになったことでしょう。
『イリアス』第19歌、23-26行に、アキレウスが、殺されたパトロクロスの遺体について心配するところがあります。
「ハエが傷口から入り込み、蛆虫を産み付けて、遺体を傷(いた)めはせぬか」(岩波文庫、松平千秋
訳)
シェイクスピアはハエを疫病(梅毒)と関連付けて考えていたらしいことが次のイアーゴーの台詞から推測されます。
Plague him with flies. (Othello, 1.1.71)
彼(オセロー)にハエをたからせて疫病(梅毒)にかからせろ。
シェイクスピアが作品中で言及した医者は次の人たちです。
ヒボクラテス(Hibocrates = Hippocrates ヒッポクラテース、前460 頃~前375 頃):言及1回
『ウィンザーの陽気な女房たち』(The Merry Wives of Windsor, 3.1.65)
ガレン(Galen = Galenus ガレノス、129 頃~199):言及5回
『終わりよければすべてよし』(All’s Well That Ends Well, 2.3.11)
『コリオレーナス』(Coriolanus, 2.1.117)
『ウィンザーの陽気な女房たち』に2回、(The Merry Wives of Windsor, 2.3.29 Galien, and 3.1.66)
『ヘンリー四世 第二部』(The Second Part of Henry the Fourth, 1.2.117)
パラケルスス(Paracelsus、1493 ~ 1541):言及1回
『終わりよければすべてよし』(All’s Well That Ends Well, 2.3.11)
パラケルススに言及していながら、パラケルススと同時代人の詩人であり医者でもあったジローラモ・フラカストロ(Girolamo Fracastoro, 1478 頃 ~1553)に言及していないのは注目すべきところです。
CSS 28:20 good bull 見事な雄牛、good fifty inches 優に50インチ
「こいつは見事な雄牛だ(a good bull)、角と角との間隔は優に50インチ(good fifty inches)はあ
る。それ以上かもしれない(or better)。それ以上だろう(Better)」とウィルソンの頭(his brain)
は計算していた。
この文中には good, good, better, Better があって、good と better が2回づつ繰り返されています。
これは、最後の行(CSS 28:42)にある better, better ( That’s better とPlease is much better) の露払い役を務めているのです。
なお、be better は非人称動詞(句)です。
8-2 マーゴットの変容
CSS 28:10 The woman(マーゴット)は、ヒステリックに声をあげて泣いていました(crying)。
自分を抑えて声をあげずに泣いていた彼女でしたが(CSS 7:8-9)、今はヒステリックに声をあげて泣く女に変容しています。心と体の全体で泣いています。
CSS 28:12 彼女の顔はひどくゆがんでいました(contorted)。
彼女の顔は完璧な卵型の顔(CSS 8:44-45 very perfect oval face)から、ひどくゆがだ(contorted)顔に変容しました。
CSS 28:23 the woman(マーゴット)は車の隅に座り、声をあげて泣いていました(crying)。
人目をはばからず声をあげて泣く女に変容しています。
彼女はとびきり美人でした( handsome)が、プライドが高く、勝ち気で、扱いにくい(unmanageable)女でした(cf. CSS 9:8-32)。しかし今はひと目をはばからず、素直に声をあげて泣くことができる女に変容しました。
「目鼻立ちの整った美しい(handsome)女」から素直な「扱いやすい(handsome =中英語 manageable)女」に変容したようです。
マカンバーも目鼻立ちが整っていました(handsome, CSS 6:22)が、マーゴットとは別の意味で扱いにくい(unmanageable)男でした。ウィルソンは初めどう扱えばよいかわからず苦労しました。
マカンバー死後(CSS 28:9 以降)梅毒トレポネーマの形状や運動を想起させる語が頻出します。
CSS 28:9 turn … over
CSS 28:10 rifle
CSS 28:12 shook, contorted
CSS 28:13 rifle
CSS 28:19-20 thinly-haired
らせん状の(rifle)髪の毛のような(haired)梅毒トレポネーマ(Treponema)が、マーゴットの血管の中を身を回転させ(turn … over)、震えさせ(shook)、強くねじらせ(contorted)ながら身体の各部に向かって進んでゆきます。
CSS 28:41 ああ、どうぞ(please)、それ止めて(stop it)。お願いします(Please)、それ止めて(stop it)。
金で雇ったウィルソンに対して please が言える女に変容しました。そして、同時に、stop の意味も、it の意味も別の意味に変容しました。
8-3 ウィルソンの変容と友情の芽生え(A Budding Friendship)
CSS 28:10 ウィルソンはマーゴットがヒステリックに泣いているのを見ました。
CSS 28:23 ウィルソンはマーゴットが車の中でも泣き続けているのを見ました。
石のように固くて冷たいウィルソンの心もマーゴットの涙を見て心が和らいだことでしょう。
Sing willow, willow, willow;
Her salt tears fell from her, and soft’ned the stones, (Othello, 4.3.45-46)
デズデモーナの柳の歌
彼女の塩辛い涙が目から落ち、石のように固くて冷たい彼の心を和らげました。
マーゴットは確かに苦しんでいる、傷を負った雌ライオンを放置すれば通りすがりの男に襲いかかるだろう。梅毒をうつすだろう。
Yet she must die, else she’ll betray more men. (Othello, 5.2.6)
しかし、デズデモーナは死ななければならない、さもないともっと別の男をだますだろう。
ウィルソンの心境はオセローのそれと重なる部分があります。
マーゴットを放置すべきではない。助けなければならない。ハンターの掟です(CSS 15:36-37 his own standards)。しかし、彼女の高慢な態度は変えてもらわなくてはなりません。現地人の心からの支援も得なければ審問も有利に運ばないでしょう。
頭を低くして「どうかお願いします(please)」とアブドゥラ(Abdulla)や運転手たちに証言をお願いしてもらわなくてはなりません。
「どうかお願いします(please)」を言わせるために彼女の痛い所を「探針で突き刺してやろう(tent)」。そのために一芝居打とう、とウィルソンは決心しました。
Hamlet: I’ll tent him to the quick (Hamlet, 2.2.597)
ハムレット:王の痛いところを探り針で突き刺してやろう。
Hamlet: … the play’s the thing (Hamlet, 2.2.604)
ハムレット:それには芝居が最適だ。
ウィルソンによる芝居(マーゴットいじめ:a ride = tent)が始まります。
CSS 28:24 どえらいこと(a pretty thing to do)をしてくれましたね
ウィルソンは抑揚のない声で、言いました。
あなたが彼を殺さなくても彼のほうであなたを捨てたでしょうに。
もちろん、これは事故です。分かっています。
ご心配無用。
不愉快なことがこれからたくさんあるでしょうが。
CSS 28:26 それを言うのやめて、とマーゴット。
CSS 28:28 それを言うのやめて、とマーゴット。
CSS 28:33 それを言うのやめて、とマーゴット。
CSS 28:34-36 やらなければならないことがいっぱいある(a hell of a lot to be done)、
トラックをあの湖までやって、われわれ三人をナイロビまで運ぶ飛行機の手配を無線でしなけりゃなりません。
CSS 28:36 殺すにしても、なぜ毒(poison)を盛らなかったんだ?イングランドでは(in England)そうするんだ。
「poison 毒」の語源はラテン語 potio です。その原義は「飲み物(a drink)」です。この短編で飲み物といえば、ギムレットです。ギムレットの第二の意味は「ねじきり」です。その形状と運動から想起されるところのものは「梅毒トレポネーマ」です。
夫に毒を盛る、ということは、梅毒を感染させる、ということです。
“in England (イングランドで)” という語句はこれが二度目の登場です。初出は CSS 10:23 です。
初出の CSS 10:23 では、ウィルソンはマーガレットに若き日の妻の姿を見ました。妻の幻影を見ました。
二度目のここでも、その妻が念頭にあります。しかし、初出の時は仮定法の文中にありました。すなわち、事実に反する、仮想の内容が述べられています。ここでは、直説法の文中にあります。事実を述べる文中にあります。したがって、「イングランドではそうするのだ」ということは、イングランド出身の人ウィルソンは、実際に妻から毒を盛られ(梅毒をうつされ)、今、死に直面しているのだ、と言っているのです。
あなたも私の妻と同じように夫に梅毒をうつせば、ご主人は死ぬことになります。われわれに面倒をかけずに夫殺しをすることができたのだ、と。
『オセロー』では、イアーゴーがオセローの耳に毒(のあることば)を注ぎ込みました。
Iago: The Moor already changes with my poison: (Othello, 3.3.325)
『ハムレット』では、王の耳に毒を注ぎます。
劇中劇で、ルシエイナス役の役者が劇中劇の王の耳に毒を注ぎます。すると、観劇中のクローディアス王が耐えられず席から立ちあがります。ポローニアスが劇の中止を命じます。
Hamlet: ‘A (=He) poisons him …
・・・
Ophelia: The king rises.
Hamlet: What, frighted with false fire?
Queen: How fares my lord?
Polonius: Give o’er the play.
ハムレット: 彼(ルシエイナス役の役者)が劇中劇の王を毒殺するぞ・・・
・・・
オフィーリア:王がお立ちに。
ハムレット :さては、空砲におびえたか?
王妃 :陛下、どうなさいました?
ポローニアス:芝居、止めい。(Hamlet, 3.2.261-268)
マーゴットの心境はクローディアス王の心境と似ています。痛い所を突かれて耐えられません。
CSS 28:37 それを言うの やめて。それを言うの やめて。それを言うの やめて、と女は叫びました。
CSS 28:38 ウィルソンは三度目の例のフラットな青い目で彼女を見ました。
ウィルソンは顔をマーゴットの顔に近づけて、というのは、ウィルソンの目の虹彩の色がはっきり青く見え、また、目が近見反射を起こし瞳孔が縮小している(縮瞳している:flat 状態である)ので、それとわかるのですが、まだその命令口調を改めないのか、と詰め寄ります。
CSS 28:39-40 もう気もおさまりましたが、私はちょっと怒っていたんです。あなたのご主人が好き(like)になり始めていたんでね、とウィルソン。
上記ウィルソンのことばの中に like「好く」という語が含まれています。その like は非人称動詞です。このlike に導かれてマーゴットの口から同義語であり非人称動詞でもある please が出てきます。
最後の二行になりました。この二行にこの作品のすべてがかかっています。
ヘミングウェイの作品の場合、結末部分のことばにすべてがかかっています。
まず、表面的な、一般的な解釈を記します。
CSS 28:41 ああ、お願いします(please)、それを言うのを止めていただきたいのです。それを言うのを止めていただきたいのです、とマーゴット。
CSS 28:42 そう、そのほうがいい。どうぞお願いいたします(please)を付け加えた方がいい。それでは、(それを言うのは)止めましょう。
please を付け加えれば同じ命令でも丁寧な命令になります。しかし、命令であることに変わりはありません。人から命令されてやるのは大きな悲しみです(cf. 『河を渡って木立の中へ』キャントウェル大佐:Chapter 27, p.194 great sorrow: Other people’s orders )。自らすすんで行動するのは苦にはなりません。喜びです。
次に私の解釈を記します。
CSS 28:41 ああ、もしもそうすることがあなたのお気に召すのであれば、私の梅毒を治していただきたいのです、とマーゴット。
CSS 28:42 命令ではなく相手に敬意をもってする依頼であるなら、喜んで、あなたの梅毒を治して差し上げましょう、とウィルソン。
このマーゴットの please は、 フランス古語からの導入時の意味で解釈します。すなわち、 if it please you 「もしもあなたに気に入れば( s’il vous plait)」という意味に解釈します。
このマーゴットの stop とウィルソンの stop は heal という意味に解釈します。
また、 省略されていた it を私は復活させました。省略の理論(theory of omission)のよる省略です。
その it は syphilis を意味します。
ウィルソンは、マーゴットの口から出てきた please という語に喜びました。キャントウェル大佐は please ということばは素晴らしい言葉だと言っています(Across The River And Into The Trees, chapter 27, p.195 Please is a pretty word.)。依頼する際、相手に敬意を表しているからです。
上記 stop の語義 heal は、『リチャード三世』の結末部分の stop の語義(cf. ONIONS)です。
以下にリッチモンド伯ヘンリー(Henry, Earl of Richmond)、後の国王ヘンリー七世(Henry the Seventh)のことばを記します。
Now civil wounds are stopp’d, peace lives again;
That she may long live here, God say amen! (Richard the Third, 5.5.40-41)
今や内乱の傷は癒され、平和がよみがえる。
彼女がこの地に末永く生き続けられんことを、アーメン!
マーゴットの梅毒はサルバルサンで治癒するでしょう。
そのマーゴットには毎夜マカンバーのあの姿が亡霊となって現れます。襲ってくる水牛に確固として立ちはだかった(stood solid)マカンバーの姿が。
マカンバーは朽ちはてたのではありません、サファリによって貴重な宝物に変容したのです(suffer a safari-change)。
Nothing of him that doth fade,
But doth suffer a sea-change
Into something rich and strange. (The Tempest, 1.2.400-402)
かれのどこも朽ち果てたところはなく
海の力によって変容したのです
貴重な宝物に (『テンペスト』)
9 おわりに:「梅毒」のまとめ
「梅毒罹患者は二人です」
ロバート・ウィルソン 罹患後11年経過しています。(第四期)
マーガレット(マーゴット)罹患後3か月経過しています。(第二期)
「梅毒の症状は二人にどのように現れているか」
ロバート・ウィルソン
・神経梅毒(第四期)の一症状が現れています。
・アーガイル・ロバートソン瞳孔(反射性瞳孔硬直):輻湊反応及び調節は存続して
いますが、対光反射が欠如しています。視力は保持されています。
・薬剤誘発性光線過敏症:日光に露出されている部分(顔面、うなじ)が異常に赤い。露出部分に限局
して紅斑が現れています。
・交際範囲を狭く限定しようとしています(精神的傾向)。
・嗄声(しゃがれ声)
マーゴット
・ばら疹:肩、体幹に現れています。
・発熱
・頭痛
・体調不良(不快感など)
「梅毒の確定診断」
上記二人から検体を採取、染色後、暗視野顕微鏡によって検査。
その結果、梅毒トレポネーマ特有の形状と運動を確認、梅毒と確定。
以上で『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』の謎解きを終わります。
訪問者の皆様、ありがとうございました。
次は「ハンカチの悲劇」『オセロー』の謎解きを予定しております。
その第1回目は1月20日までには投稿したいと思っています。よろしくお願いいたします。
主要参考・引用文献
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Hemingway: The Writer As Artist. 4th ed., Princeton UP, 1972
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Green Hills Of Africa. 1935. New York: Scribner’s, 1963
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『南山堂 医学大辞典』第20版(南山堂、2015年)
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『人体解剖図』(成美堂出版、2012年)
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『新耳鼻咽喉科学』改訂11版(原著 切替一郎 監修 野村恭也 編集 加我君孝 南山堂
2013年)
『標準皮膚科学』第10版(監修 富田靖 医学書院 2013年)
『神経眼科学を学ぶ人のために』第4版 (三村 治 医学書院 2024年)
『眼科 研修ノート』改訂第2版(シリーズ総監修 永井良三 診断と治療社 2015年)
『英和・和英 眼科辞典』第2版( 著者 大鹿哲郎 医学書院 2021年)
『病気を描くシェイクスピア エリザベス朝における医療と生活』(堀田 にぎし 集英社 2016年)
『北里柴三郎 感染症と闘いつづけた男』(上山明博 青土社 2021年)
今村楯夫 『ヘミングウェイと猫と女たち』(新潮社 1990年)
小笠原亜衣 『アヴァンギャルド・ヘミングウェイ パリ前衛の刻印』(小鳥遊書房 2021年)
倉林秀男 『言語学から文学作品を見る ヘミングウェイの文体に迫る』(開拓者 2018年)
高野泰志 『引き裂かれた身体 ゆらぎの中のヘミングウェイ文学』(松籟社 2008年)
前田一平 『若きヘミングウェイ 生と性の模索』(南雲堂 2009年)
千葉義也 編著 『日本におけるヘミングウェイ書誌 1999-2008』(松籟社 2013年)
千葉義也 編著 『日本におけるヘミングウェイ書誌 2009ー2018』(松籟社 2020年)
世阿弥 『風姿花伝』(野上豊一郎・西尾実 校訂 岩波文庫 1958年)
蒲池美鶴 『シェイクスピアのアナモルフォーズ』(研究社出版 1999年)
梅田 修 『ヨーロッパ人名語源事典』(大修館書店 2000年)
安藤貞雄 『英語史入門』(開拓社 2002年)
橋本 功 『英語史入門』(慶應義塾大学出版会 2005年)
以上(『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』謎解き、終わり)